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丹野智文(ネッツトヨタ仙台) 若年性アルツハイマー型認知症の会社員を救った人とのつながり!

      2015/12/31


14日のテレビ東京「ガイアの夜明け」では、それでも働き続けたい~認知症と仕事…両立できる新時代~というタイトルで、若年性認知症と診断されながらも仕事を継続する男性や、若年性認知症の妻の介護と仕事を両立している男性を取材しています。

 

ネッツトヨタ仙台に勤務する丹野智文さんは、2013年に若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。

39歳のことでした。

それまで丹野さんは、ネッツトヨタ仙台のトップセールスマンとして活躍していました。

家庭では2児の父親として、会社ではトップの営業マンとして、順風満帆な道を歩いていたはずでした。

ところがある日、なんとなく物覚えが悪く感じるようになり、それから事態はどんどん悪い方へ向かっていきました。

以前と何かが違う、おかしいと感じつつも、とにかく忘れないようにとメモを取りながら何とか対応する日々が続きました。

しかし日が経つにつれ、メモを見てもやるべきことが思い出せなくなり、遂には同僚の顔と名前すら思い出せなくなるほど、悪化してしまいました。

数度にわたる検査入院後、アルツハイマー型認知症と診断されてからは、認知症のことばかりを調べながら眠れぬ日々を過ごしたそうです。

ネットで調べれば調べるほど、寝たきりになってしまうとか、数年後には死に至るとか、ネガティブな情報ばかりで頭の中は一杯になり、絶望と恐怖が丹野さんを襲いました。

 

そんな中、認知症の家族の会という存在を知りました。

自分より年上で年配の人ばかりだったこともあり、入るかどうか迷ったそうですが、最終的には入会したそうです。

同じ症状に苦しむ人達との出会いによって、折れかかっていた彼の人生は変わりました。

予想外に明るい人たちとの交流の中で、自分の悩みの相談にものってもらい、丹野さんはようやく前向きな気持ちを取り戻したそうです。

そして、仕事は社長の「戻ってこい!」の一言で職場復帰も果たしました。

クビは避けられないと感じていただけに、うれしい誤算だったそうです。

さすがに営業職からは外れてしまいましたが、負担の少ない事務職へ異動し今も働き続けているそうです。

 

若くして認知症を患うというのは、本人にしかわからない、この上ない苦しみであり、そこから這い上がってくるのは並大抵ではありません。

丹野さんの例を出すまでもなく、困難にぶつかったときに頼りになるのは、やはり仲間であります。

心が折れそうになった自分を救ってくれたのは、同じ境遇の家族の会の人たちであり、仕事に復帰できたのは、一緒に働いてきた会社の同僚・社長がいればこそでした。

こうした話を聞くにつけ、人と人とのつながりの大切さを痛感せずにはいられません。


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