あなたは着てた?セーラー服にまつわる歴史とミッションスクールとの関係! | ホット一息。

ホット一息。

ホットな話題を、一息ついてるあなたへ

*

   

あなたは着てた?セーラー服にまつわる歴史とミッションスクールとの関係!

      2016/01/03


女子学生といえば、イラストや再現ドラマでは相変わらずセーラー服が登場しますが、実際に見かける機会は減ったと思いませんか?

実はセーラー服の採用校はどんどん減少しているんです。

もともと日本の女子学生の制服としての起源には2説ありました。

ひとつは福岡の福岡女学院。もう一校は名古屋の金城学院。

どちらも大正時代に誕生したセーラー服です。

しかし近年、もう一校が元祖セーラー服の名乗りを上げました。

それが京都の平安女学院です。

福岡女学院、金城学院の大正10年より1年早い大正9年制定のセーラー服なんだそうで、近年、長らくブレザーだった制服を現代風にアレンジしたセーラー服にモデルチェンジして、元祖セーラー服をアピールしています。

福岡女学院、金城学院はこれまでもずっとセーラー服でした。

いずれの三校も女子校で、宗派の違いはあれどプロテスタントのミッションスクールという共通点があるのが面白いですね。

 

西日本のセーラー服の元祖はわかりましたが、東日本は?

どうやら大正11年に制定された横浜のフェリス女学院が関東のセーラー服の元祖のようです。

こちらも女子校で、プロテスタントミッションスクール。

どうやらハイカラなセーラー服はプロテスタントミッションスクールによって日本にもたらされたようです。

さて、セーラー服を日本にもたらしたプロテスタントミッションスクールですが、実はさらに意外な側面が。

セーラー服にかわって女子学生を表すアイコンとなったタータンチェックのスカート。

あのスタイルの制服は、かつては一部のインターナショナルスクールのものでした。

しかし昭和58年、港区の頌栄女子学院がセーラー服からタータンチェックの制服にモデルチェンジ。

日本初のタータンチェックスカートの学校となり、日本中に制服ブームが広がりました。

こうしてセーラー服の時代は終わりを告げました。

きっかけとなった頌栄女子学院もプロテスタントミッションスクールというのだから数奇なものですね。


 - 雑談記事


error: Content is protected !!